まっ、そんな感じ

見聞きしたことを徒然と書いてます。

談春塾に行ってきた 06/11

6月1日真打に昇進した立川吉笑師匠の「帝国ホテルで開かれた真打昇進披露パーティーの料理が素晴らしかったが、ご祝儀にいくら包むかが難しい。そういえば七代目三遊亭円楽襲名披露パーティーで、兄弟子であり実父である好楽師匠が来ていた落語家さんたちへのインタビューの最後に「それで、いくら包んだの?」と云っていて、本当に恐ろしかった」から始まった。

私事だが、つい最近、かな〜り遠縁の方のお葬式に参列した際、もちろん金額だが、宗旨によって香典袋の表書き(御霊前 or 御仏前?)も違うのでとっても悩んだなぁ。

演目

強情灸……

初めて聴く噺。江戸っ子の『粋』は単に強がりを誤魔化してるだけ。というところから「銭湯には『煮しめたような手ぬぐいを持ってるジジイとかいましたよね? あれっ? 銭湯に行ったことない人っているんですかね?いたら拍手してくれますか?」と。さすがに中年以上がほとんどの客席からは拍手が聞かれることはなく(笑)

星野屋……

「星野屋」と云ってもあちこちでリゾートやホテル事業をしている会社ではなく、江戸時代の大店「星野屋」の入り婿である旦那とそのお妾さんが互いにだまし合い、そんな二人から漁夫の利を得たのは……という噺。

前の噺関連で問われた銭湯の件はさすがにみんな分かっていたけど、この噺の中に出てきた『かもじ』に思わず笑ってしまったのに、周りから笑い声がなく。
女性が使うものだから男性が分からないのは当然だと思うけど、もしかして『かもじ』を知らない中年以上の女性もいるのかしら?

死神……

云わずとしれた『死神』ですが、談春師匠のは少し改変されていて、その理由が「『死神』って概念は日本古来のものじゃないですよね。だからどうして死神になるのかを考えたらこうなったんです」と。

Wikipediaを見てみると、

死神』(しにがみ)は古典落語の演目の一つ。 幕末期から明治期にかけて活躍して多数の落語を創作した初代三遊亭圓朝が、ヨーロッパの死神譚を(おそらく福地桜痴から聞いて)翻案したものである[1]。元となった具体的な作品としては、グリム童話の第2版に収載された『死神の名付け親』とする説[2]や、リッチ兄弟の歌劇クリスピーノと代母英語版[注 1]とする説[7]がある。

死神 (落語) - Wikipedia

また各落語家さんがどのようにサゲを変えてきたかも書いてあるのだが、この中に談春師匠のものはまだ記載がない。

さて、来月のチケットがまだあるようで「客席が半分くらいで『妲己のお百』をやるのは怖い」と云ってました(笑)
妲己のお百は江戸時代にいたとされる『日本最大の悪女』なんだそうですよ)