千葉県には古墳がたくさんあるというのは知っていたのですが、いずれも車でないと行きづらく、例によってクラブツーリズムのバスツアーを利用しました。
特に今回は国指定重要文化財で白鳳仏として貴重な龍角寺のご本尊 薬師如来坐像を拝殿窓から拝観できる、105号墓の石室が覗けるというので楽しみにしていました。
龍角寺がある栄町教育委員会のページによれば、今年2026年度に拝観できる予定の日はわずか21日。やっぱりその日に併せたツアーを利用するのが便利です。
栄町教育委員会 龍角寺でのボランティアガイドについて
https://www.town.sakae.chiba.jp/kyouikuiinkai/bunkazai/page005873.html
今回のコースは、龍角寺→千葉県立房総のむら・風土記の丘資料館・龍角寺古墳群・岩屋古墳→芝山町立芝山古墳・はにわ資料館 というもの。
龍角寺
7世紀後半には既に建立されていたとされ、三重塔の心礎(国指定史跡)や塔跡、金堂跡が残る関東最古級のお寺で、火事で燃えて顔と一部しか残らず、後世に体を作って一体にし、昭和の文化財法の改定で「重要文化財」になってしまった「元」国宝の白鳳仏がいらっしゃいます。
元々は「龍〝閣〟寺」だったが、日照りに苦しむ住民が龍閣寺で祈祷を続け、結願するも雨は降らず、そこに「魂が癒やされた」と村人に化けていた竜神(但し龍としての位は下位)が天に昇って雨を降らせるが、本来なら上位の龍だけができる行為だったため罰として体を三つに切られてしまう。その落ちた首を祀り、「閣」から「角」に変えたという逸話が残っています。
今日はその祀られている「龍の首」も見ることができました。
その首、意外に小さく横20cmくらいでしょうか。



堂内の撮影はできないのでお堂の外から見るだけですが、ボランティでアさんが用意している写真を見せながら説明をお寺の由来などを聴く形の参詣でした。
左)金堂跡の礎石 中)三重塔の心礎(巨大な花崗岩) 右)校倉造の資料庫



左)二荒神社 中)宝篋印塔(後に供養塔・墓碑塔になる前の形) 右)板碑(武蔵型緑泥石岩)



ご朱印ですが、宝篋印塔奥の建物でいただけます。
書き置きで300円ですが〝お釣りのご用意はありません〟、また奥の二荒神社にも書き置きがあり、こちらは〝お気持ち〟でした。
岩屋古墳と105号墓
古墳時代後期〜末期の古墳で現在確認されているの115基。
その7割以上が「千葉県立房総のむら」の敷地内にあります。
とにかく道を歩いていて見かけるボコッと小さな山が古墳と思えば間違いないくらい(笑)


その中でも7世紀のものとして全国最大規模の古墳である方墳が「岩屋古墳」で、「龍角寺古墳群・岩屋古墳」として国の史跡になっています。
そして、そのすぐ隣にあるのが方墳の105号墓です。位置的にはこんな感じ。

岩屋古墳
こちらも方墳ですが、既に崩れていて、石室がむき出しに見えます。

105号墓
105号墓には東石室(高さ3m)と西石室(高さ2m)と2つの石室があります。
このうち東石室は天井が落ちて危険なため、封鎖されています。
今回は年に2回だけある西石室の公開日で3段ある方墳の上にも登れました。
こうして見ると、岩屋古墳が3段の方墳で最上階が崩れているのが良く分かります。


西石室
入ることはできませんが、入口から中を覗くことができます。
左)石室に使用されている石の説明などをしてもらえます。
右)石室の奥、ライトで照らされて石棺がよく見えます。


左)天井。側面の石とは種類の違う石が使われているのが良く分かります。
中)床。ここも石の種類が違います。
右)側面。切りそろえた石がきれいに積まれているのが良く見えます。



芝山はにわ博物館
観音寺教寺のお坊さんが収集したはにわを中心に芝山町周辺から出土したはにわを展示している博物館。こじんまりしているがたくさんはにわが展示されています。
芝山町周辺には5〜8世紀にかけての古墳群があり、有名なのは殿塚・姫塚なんですが、今回は未訪問。
左)博物館に行く途中の道から見える観音寺教寺の三重塔。
中)博物館前の殿塚・姫塚の縮小レプリカ。
右)博物館内の床に描かれた周辺マップ。



左)殿部田1号墓から出土した「琴を弾く男」のはにわ。
中)殿部田1号墓から出土したはにわ。
右)ユダヤ人か?と囁かれているはにわ。まあ、帽子の形と髪形から言われているんでしょうが……。



古墳というと〝外から見る〟のが定番の中、石室内を見られたり、登れたりできるのはなかなか貴重な経験でした。
そう言えば、規模は違うけど、ギザのピラミットにも入ったなぁ〜



